大人は楽しい。

ついこの間、もはや世の中恒例の
グループ通話をしておりまして、
(実際、誰もお酒など一口も飲んでいなかったので、本当にただの“グル通”だった)

 

そしてブログの話題になり、
その場で初めてアクセスしてくれた友人Yが
わざわざ太字の部分を
丁寧に読み上げてくれそうになったので、
即座にストップをかけました。

言葉という点では同じでも、やっぱり
書く文章だからこそ素直に吐き出せるって
大いにあるんだな、まる。

 

褒められたり、興味がなさそうだったり、
照れたり、アピールしたり、しました。
はい。笑

 

 

ヒトリノ夜が今日で一応最後ということで、
強めのブランデーを、こんな時間に
“ちびちび舐めて”いる。
なんて書くと、「あら、イキッちゃって」
って感じではあるけども。ふっふ。
今日は なんか感傷的なので、
元々書こうと思ってた色々なこととは、
違う方向に思考が進んでいます。

 

率直に、歳を取るのって楽しいな、ということ。

ここ数年で、よく思うことであります。

 

生きているだけで、当たり前だけど
過去が積み重なっていく。
それで、不思議と、過去は美化されるという
昔からの定説。好都合ですなあ~。
(もちろん、忘れられない恨みや刻まれてしまったトラウマなんかは人それぞれあると思いますが…。)

 

 

今日、ドラマ『カルテット』を最終回まで
観ました。元々は薦められてて、
今頃になって やっと観始めたものなんだけど。
予想以上に自分のツボにハマった。

 

↓※読み飛ばしてください。
(当の薦めてきた友人Cに「見たで!」と伝えたところ「あんまりもう内容は覚えてないんだけどね」ということで、思っていた熱量と違っていたのでちょっと面白かった。彼女はきっと「私が好きそう」という点であれだけ薦めてくれていた、もしくは嬉しさのあまり私が「それは絶対見ないと」と思っていただけで、彼女は「オモロイよ~」くらいの程度だったのかもしれない?)

 

 

とにかく。登場人物、
みんなイイ歳した大人で
それぞれの過去を抱えてて、
でも“その人自身だけ”を見て、
みんな一緒に過ごしてました。

 

またドラマ自体についてもいつか
ちゃんと色々書きたいんだけど、とりあえず。

 

 

なんか、大人ってズルイよね と思って。

 

過去うんぬんの話になると、
この前の内容と少ーし通ずるけど。 

 

 

今まで十年、二十年以上生きてきたとして、
その間には必ず、その人なりに
一緒に過ごしてきた人や場所や物事があって、
それぞれに、思い入れの一つや
二つでも、あると思うのです。

 

 

それで、これから生きていく中で
その、人や場所や物事に触れるたびに、
それぞれの思い出に浸れるわけです。
しかも、言わなければ、誰にも知られることなく。

 

それって楽しいよね。

 

 

数年前まで、
「子どもの感じ方は何でも“初めまして”で、
 新鮮で良いよな、そりゃ~~。」
という考え方でしたが、んなワケあるかい!
それが、どれだけ大変なことか。


まあ、景色に対する感動や、
そういったことに対しては、別かもしれないけど。

 

 


人生というものにも慣れてきて、
「ああ、そういえばこんなこともあったな…」
なんて、自分だけの物語のページを
人知れずペラペラとめくり返して、
満足して、また閉じて。


(ああ、詩人気取りになってきてしまった、酔っぱらってる、また読みあげられてしまう)

 

 

大人は、人生経験があるだけ、
感傷に浸れる機会も増えて、おトク。

 

 

 

たとえば小さい頃、家族旅行に行った観光地で
もしかしたら母は、人知れず
昔の彼氏との初旅行を思い出して、
クスッとなっていたかもしれない。

ずるい!一人だけそんな隅々まで楽しんでたの!!
という思考に至るのは、
私がひねくれてるからなのかしら。


(ちなみに父に対して、そういう想像は及ばない。自分と似ているノー天気さからだろうか…それとも、母は“女”という一種の仲間として考えているからなのか…)

 

 

 

 

人生は短いとも言うし、長すぎる、とも聞く。
いや、でもこれから先の人生で
何が起こるかなんて分からないし、
そして起こったことを思い返して、
しみじみ浸れる未来もある。


まあ、大人になってからのほうが
泣きたくなる用件は増えたし、
実質、大変だと思いますが。

 

 

いまは東京事変の「私生活」を聴いて、
しんみりしております。
総てを、楽しめたらいいですね。

 

 

 

 

ていうか、大人っていつからかも、
わかんないけど、ね~。